森林と囲碁 東京大学名誉教授 箕輪光博

『発展方向の把握』
 以前、TBS系テレビで『日本で一番美しい森・富良野から地球を救おう』という番組が放送されました。東京大学北海道演習林における森の管理経営及び研究の紹介を兼ねた作家の大江健三郎氏、将棋の羽生善治氏ら著名人による樹齢300年の木の下での、文字通り『緑陰対談』です。
 演習林側からは、自称「ドロ亀さん」こと東京大学名誉教授の高橋延清先生(故人)らが登場しました。高橋先生は一度も東京・本郷の教壇に立ったことがない教授としても有名で、専門は北海道の天然林に関する生態管理学です。その神髄は「森林の発展方向を的確につかみ、その方向に向かって切る樹木と残す樹木を選別しながら森林を誘導していくこと」です。
 また、先生は知る人ぞ知る『棋迷の人』で、札幌で宇宙棋院を開いていました。お盆で岩手に里帰りした時に、4人の兄弟が古里の山寺で碁盤を囲む姿がテレビで放送されたこともあります。兄弟4人とも80歳以上の高齢で、特に先生は年齢不詳、88歳とも90歳とも言われていて、「兄弟の中では碁はおれが一番強い」と胸を張っていました。
 私が初めて先生にお会いしたのは、大学4年の時に卒業論文のデータを収集するために演習林を訪れた時です。毎晩、宿舎で碁を打ちながら、先生は「碁の1手1手は、発展の可能性が大きい天元(中央)に向かって打たねばならない」と、何度も説かれました。それが先生の碁の信念で、私の石が隅の方に行こうものなら、それは碁の法にあるまじき手だと厳しく論難されました。先生の中では、囲碁の論理と森林保全の論理は不即不離の関係です。
 腰に鉈を提げて森のなかをはいずり回りながら、エゾマツやシラカバ、そしてクマゲラやリスと話をしている先生の姿が今も目に浮かんできます。

『薄く厚く』
 囲碁の魅力は19×19路の碁盤の中に無限を内包していることです。その無限に対して多元的な観点から1手1手の価値判断と意思決定を行います。構想を練るのも戦いを決行するのも、また締めくくりの領地の計算も、すべて自分一人の作業であり、そこに限りない楽しさ、面白さがあります。 人生も無限を内包していますが、一度しか体験できません。これに対して囲碁は様々なシナリオを、いろいろな構想のもとに実験することができます。
 私が好きな碁会所の1つに東京・池袋の「石心」があります。そこで第1回全日本学生十傑戦で2位に入ったこともある強豪の平田興氏から、次の様なアドバイスをいただいたことがあります。「箕輪さん、薄い碁や厚い碁を一方的に打っていては上達しません。常に局面、局面において実利を取るべきか厚く打つべきかを秤にかけ、相手の陰陽の動きに応じて臨機応変に対応しなければなりません」。
 このことを森林経営に置き換えてみると、森林を伐って農地や宅地に転用する(経済面)のが地を稼ぐ薄い碁、全局的な視点に立って将来のために森林を残す(環境保全面)のが厚い碁、ということができます。 物理学者のF・カプラの言葉を借りれば、前者はエゴ・アクション派、後者はエコ・アクション派となります。 薄い碁は、自らの環境を悪化させ、じり貧に陥る危険性があります。他方、厚い碁は環境は良好であるが、緩く甘いため勝負に負けてしまうことがあります。 一方、森林や社会はまた、有機体もしくは共同体として、将来にわたって持続することを本能としています。このことは企業においても例外ではなく、かって私が学生の頃、経営学者のP・ドラッガーは「企業が利潤を追求するのは金儲けのためでなく、存続するためである」と主張しています。今日の破綻企業をみると、エゴとエコのバランス保持に重大な問題があったとしか思えないものがいくつもあります。
 囲碁を学び上達を目指していく過程で養われる物の見方、考え方には、企業が存続していくために必要な物の見方、考え方と共通するものが数多くあると思います。